ワルチャン エクスプレス長崎
よくここまで来たものだ。
2013年6月13日(木)9:00
私は国際医療福祉大学三田病院へ家族に連れられて
行った。
答えはドクターストップだった。
そしてその後にフォーラム ミカサ エコで引退試合の
記者会見が行われた。
ドクターは「ごめん、試合が出来なくなった!
と言った方がよっぽど格好良い!!」と言っていた。
言えなかった。
八連敗したままでは終われなかった。
私は戦う決心をしていた。
家に帰っても居場所がなかった。
2013年6月23日(日)16:57家を出る。
壊れかけた原チャリと鞄一つ持って出ていった。
金は持っていなかった。
色んな方に飯を御馳走になり
色んな方に無料で家や道場や社宅やウィークリーマンションに泊めて頂いた。
7月17日(水)両親から13万円を借りる。
7月23日(火)最後に松栄塾に泊まる。
7月24日(水)不動産屋へ行きアパートの鍵を借りる。
ようやく一人の空間が出来た。
引退後は経営者になることを目標としている。
苦労してこそ生きている証だ。
私はよく丹下段平を思い出す。
働きながら見事に矢吹ジョーを育て上げた。
今、私が気にかけている男がいる。
その男は私とスパーリングがしたいと申し出てきた。
お互いにマウスピースとヘッドギア無しで殴りあった。
その男は蹲ったが私は口から血を流した。
フッと元ヘビー級チャンピオンのゲーリー・コーツィーとのスパーリングを思い出した。
私は目玉が飛び出しそうになる強烈なパンチをもらったが
ゲーリー・コーツィーは「唇を切ったよ」と
自分の唇を指さして優しく声をかけてくれた。
あとはボクシングをやるかどうか、ヘビー級に体重を上げるかどうかはその男の決心次第だ。
ワルチャン エクスプレス 長崎に呼んで下さった
池田さ長崎の皆様
沢山の思い出を有難うございました!!
マスターにし